富士山

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久々に富士山が見えた。

富士山が見えるというのは結構大変なことであることがわかった。

中々お出ましになられないのだった。。

たま~にお姿が見えると感激も新たなのだ。

雪部分もなんとなく分厚くなって、下の方にも降りてきたのが良く解る。

それにしても電線は邪魔だなあ~。(ないと困ることは困るんだけど。。)

ここのところ、よく新聞の読者の欄のところに

出てくる話題だけど、

年賀状のやりとり。。。ということについてシミジミとした気分にさせられることがある。

今日のは、優しくしてくれた小学校の先生の50年前の葉書のことだった。

この前は、書道の先生が、毎年年賀状をくれたんだけど

段々年をとってきて字がよろよろとしてきて、そのうちに来なくなった。。と

いうような話が書いてあった。

年賀状は一回だけだとどうってことないのだけど

なが~く続くと、人生を垣間見ることができる。

突然に住所が変わったりして、そのことを通知されてなかったりすると

何か良くないことがあって引越しせざるを得ない状態なんじゃないか、、とか

ま、どちらかというと悪い方にとりやすいものだ。

よい方になる時は大体の場合、きらびやかに宣伝するもんだしね。

自分でもそうなんだけど

字にも人生と同じようなピークがあって

ある年頃からよよけてくる。

文章が真っ直ぐにかけないとか、字の線がよろよろするとか、、

そんなのを見ると、

ああ年取ったんだなあ~と思ってしまうが、

最近の私はすでにそうである。。

パソコンばかりやってるのでとうとう字が下手になった。

ついでに漢字はほとんど忘れてるので

手書きする時もパソコンをつけて字を変換してみながら

書かないと書けないのだ。

ならメールでよいじゃん。。。というくらい書けない。

私は小さい頃から文章力は弱くて

絵のほうが強かったので、絵日記は好きだった。

今でもなるべくなら絵で誤魔化したい性格なので

文章の長い手紙よりは葉書の方が良い。

が、絵が良いと保存してくれる人が多いので結構これは心の重荷にもなっている。

保存されてもおかしくないような葉書を出さねばいけないという

見栄がでるのだ。

そんなこんなで気軽には書けなくなってきた。

それが更に怪しい文章になる元である。

こうやって、受け取った人からみると

ああ、、わきたもとうとう年取ったね。。。というお正月の話題になって

しまうのだろう。。

ピークは過ぎた私。。。。。しょぼ。。。