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アート・文化

人の死とは

いつもゴミを出すところに大きな椿の木があったのだけど

今日ゴミを出しに行ったらないじゃん、、、、、

ありゃ、、、公園の椿の木というと

子どもたちに茶毒蛾があるということで切られちゃったんだわね。。。

しかし切り口を見ると15cmくらいにはなってるではないかいな。

あや、もったいなや。。。

一言言ってくれれば幹のところ欲しかったのにィ~。

惜しかったな~~~。

椿の木は結構緻密でツゲに近いような雰囲気で使えるので(色はそれほど綺麗じゃないけど)

良いんすけどね~~。

もったいなかったなあ~~ブツブツ、、、、

先日、お二人のお稽古の日に

どちらの方もここ数か月のうちにお母様お父様を亡くされて

その話になったわけなんですが、、、

一人の方は

認知症があるのでデイケアでお世話になってる先生に往診をしてもらったところ

点滴などの治療をせずに静かに息を引き取ったとのこと。

もうひと方は

一度入った病院が気に入らずに出る際に

今後病院や救急車のお世話にはならないという約束をさせられて

出てきて

お母様が倒れられた時にあわてて救急車を呼んでしまったので

約束違反だと言われた。とのこと。。。

あれ、、なにやら難しくないですか?。。。。

静かに亡くなられた方も

救急車や病院の世話にはならないように約束させられた。。ということだった。

ふーーーーーん、、、、

そうなんだあ~~~~。

しかし、別の去年10月頃にお父様を亡くされた方がいうには

病院を出て自宅介護に替えたけど

救急車を9回も呼んだ。。。。ってことだった。

へえ~~~~。

自分がキチンと最期まで見るから他には行かないでね。。。という

約束って何?

個人的に良い先生なら他の先生に診てもらいたくないという気持ちが生まれることはあるけども

それを約束させられるというのはどうかなあ~~。

急に救急車を呼びたくなるような状態だってあるんじゃないのかなあ。。。

ついでに蘇生行為をしてしまった。。というのが約束違反だと

怒られたというのは何なんだろう。。。。

なにやら不思議な世界になってきてるような、、、

ま、やたらとチューブにつないで長生きさせることはないという風潮がでてきてることは

確かだと思う。

意識がないのに心臓だけ動かしていてもしょうがないと言えばしょうがない。

しかし心臓だけでも動いていてほしいと思う人もいるだろうし。。

願わくば、布団に寝るのは2週間くらいでコロッと死にたいものだ。

それには点滴などをしなくても良い。とも思う。

点滴もご本人にとっては楽なものではないらしい。

9回救急車を呼んだ方は

家族中と親戚まで総動員で介護して亡くなる時にはお医者さまから

大変褒められたということだった。

が、宅の気難しい家人の意見は

人の死とはこのように仰々しいものではなく

お互いの意思が通じてれば少人数でも十分に介護はできるもので

そのまま静かな死を迎えることができるはず。。。と言う~~。

うーーーーーーむ。。。。

そうかあ~~~~。そう言われると

確かに。。。

そうそう人の死に立ち会うこともないので

意見をまとめることはできないのだけど、、

人間も動物だ。。

死ぬということは静かにそっと息をひきとる。。。。という形が自然だと思う。

自然にいかないのは何かが逆行してるからじゃないだろうか。

などとも考えるんだけどな~~。

なんとも煮え切らないものなんだけど

何か変~~~。

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これはなんでしょう?・・・・・・・・・袋に入ったネコの尻尾でした^^

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