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2006年9月

紀子さま、男児誕生~。ということで
なにやら、微妙に複雑になってきたけど、
ともあれ、誕生は嬉しいものです。。。
 
物事ってのは、大体が自分を基準に考えてるわけなんだけど、、
お稽古で色々な皆さんと一緒に仕事をしていると
こんなにカンが良く、ついでに自分の作品の悪い所もきちっと
把握できる人が多くて
自分はなんだったんだろう。。。。と思うことが度々ある。
私は元来、自分を他人の醒めた目で見れない人間で、
自分の絵などの欠点もどうもよく理解できないのだった。
そのことが欠点として長く影響してるのだけど。。。。
 
その点、皆さんは、ここが変でしょ?と指摘すると
私もそう思います。。。というように
自分でも解ってるようなのだ。
どこがですか?などという(私のような)間抜けな返事をする人がいない。
どこがおかしいか、解ると直すのは簡単なのだ。
どこが変か解らないから、怪しい方向に進んでしまうってのが
世の中の常よね。
更にすごいことに
木彫りは初めてであっても
こういうように作りたいということがきっちり解っていて
その方向に妥協せずに進んでいける人の多いことよ。
これもすごい。
私はすぐに妥協する。
元々目標を作らないようにもしている。
目標がなければ妥協したのを気付かれずにいられる。。
もちろん、
そういうことが苦手な人だっている。
けど、侮れない。
そういう人には、根気だとか、執念だとか
そういうものが備わってたりするのだ。。
これまた怖い。
人はそれぞれなので、型にはめられないけど
本当に色々な特技とはいわないか、、特長、才能、、、みたいなものが
交じり合っていて、
それを巧く利用して生きてるかどうかは別として
驚くべき、隠れたものを見せてもらえるのだ。
つくづく 自分の非凡さってのが良く解る。
そういう人にはそういう人にあった、なんというか、ちょっとした支えみたいなものがあれば
自分で勝手に開花するわけなのだ。
大体が、私は個性的な人が好きで、
人当たりの良いだけの俗に言う良い人みたいなものにはあまり興味がないのだけど、
類は友を呼ぶ、、、という言葉通り、
変わった人が集まってくるような気がする。
中々面白い。
しみじみと味わいもある。
日本ではまだまだはじき出されそうな、人たち。
私なんだけど、、、、
そういう人の良い所をばっちりと引き出して、大いに開き直りたいものだ。
可憐に咲くニラの花。やはりギョーザの匂いがする^^;
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鎌倉

 
朝の涼しさで、
もうハイキングの時期だなと、勘違いして歩いてしまった。
やたら暑かった~~。
しかし、木陰はすっきりと涼しい。これは夏とは大分違う。
この時期に運動会などをやられたら、こんがりと焼けてしまう。。
秋の日差しも夏顔負けよね。
 
ひょんなことから、厄払いというのを受けてしまった。
こういうのは初めての体験なので
なんとなく興味本位で楽しかった。
鎌倉にある鎌倉宮http://www.kamakuraguu.jp/という由緒正しきところで受けたので
その建物の方が私にとってはずっと魅力があった。
回廊と呼ばれるにふさわしい、角々を曲がっていく入り組んだ廊下。
怪しい赤絨毯^^;
湿気を帯びたかび臭い空気。
巫女さんの仕草。
などなど、、、
久しく古い日本家屋にご縁がなかったので
ギコギコと手でねじる、窓の鍵とか
黒い10cmくらいの円筒で1cmくらい突起がでてて
オンオフするトイレのスイッチ。。。
懐かしいといっても、実際私が使ってた記憶がない古さなのだ。
昭和初期?か20年代くらいなのかなあ、、、、
そんなものばかり、感心してて
肝心のお払いの方は、さっぱりなんだけど、、
それでも日本にきた外人観光客みたいな気分で結構楽しめたのだった。
古い良さなんだけど
あの雰囲気の暮らしには戻りたくないな~。
隙間風、ゴキブリ、寒さ、なんてのが思い出される。
汲み取り式トイレも懐かしいけど嫌だもんね。チャッポン・・・
今の暮らしはやはり快適です。
 
古さを良しとする回顧主義もあるけど
新しい中に古きよきものを取り入れていくやり方が良いように思う。
言語学者の金田一先生が、言葉が変わっていくことは嘆かわしいことではなく、
元々そうやって変化して変わっていくのが普通なので
若者が変な言葉を使っていても、あまり問題ではない。。というような
ことを言っておられたけど、
世の中はいつも動いているのだから、無理に何かに固守して
留めようと思わない方が、正常なのかもしれない。
流れに身を任せて、ゆらりゆーらりと生きる。かな・・・・・
これは、八幡宮の蓮池。夏が過ぎ、もうすぐ刈り取られるハスの葉とハスの実。
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つくつくぼうし、、、、

 
朝雨戸を開けたら、ポロリと手の中にセミが落ちてきた。
まだ生きてるようだったけど、
とりあえず、時間の問題のような気がした。
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私の好きなHPの中に
セミは死骸でも美しく、
その美しさを皆さんに知ってほしくて、死骸の絵も描いてます。ってのが
あった。
そこに描いてあったクマゼミの死骸の絵は美しかった。
おお、、、、
私は死骸の絵は描かないと思っていた。
なんでそう思ってるのか解らないけど、、、、、
もちろん、自分の勉強の為のデッサンとしては
死骸の絵は結構描かれている。
でも人に発表する絵としてはあまり描かないんじゃないか、
見た人も気持ちよくないんじゃないか、、と思っていた。
けど、そういう気持ちを一変させるような
綺麗な絵だった。
日本人としての固定観念ってのがあるんだな~~。
そう思うことって多い。
昔は、椿の花なども彫らないと言われたものだ。
花がポロリと落ちることから
首が落ちる、、、といって縁起が悪いということなのだ。
今ではあまり言われなくなったけど、
そういう日本人の常識ってのが結構あるものだ。
知らない間に、そういう路線を巧く生きてる私なんだなあ、、、、
 
リンクにも載せてる、アメリカの根付けを作る人のHPがあるけど、
それを見ると、人種の好みの差というのが良く解る。
芋虫が多い~~~!
日本で、芋虫を彫っても、売れる見込みはないし、
人気もないと思うのだ。
しかし、現実の自然には芋虫は多い。
それを完全に無視してやってるんだもんね。。。
芋虫の美しさ?を理解してるだろうか。
やっぱりしてないなーー。
そろそろ固定観念から脱却しないといけない時代になってきてるかもしれない。
小さい頃に入った感覚を白紙に戻すのって結構難しいものだ。
若い子になんで?と聞かれて、こちらこそなんで?と聞き返すこともあるもん。。
いつもクリアな頭と目で見てみたいものだ。